| 位 置 |
市役所の位置は、東経138度15分、北緯36度24分、海抜456m |
| 面 積 |
上田市の面積は177平方kmで、東西に21km、南北に14.6km |
| 人 口 |
世帯数 50,801世帯 総人口125,751人 男性61,941人 女性 63,810人
平成12年7月1日現在 |
| 気 象 |
年間の最高気温は摂氏35度、最低気温は摂氏マイナス10度ぐらいで、過去10年間の平均気温は摂氏11.8度であるが、夏冬や昼夜の気温格差が大きく、年平均降水量は約900mmと少ない寡雨乾燥性であり、内陸性の特色のある気候である。全国でも有数の少雨地帯のため、穀倉地帯の塩田平には灌漑用の溜池が数多い。また、別所温泉に伝わる雨乞い禁「岳の幟」は、国選択民俗無形文化財の伝統芸能として現在に伝承されている。 |
| 歴 史 |
上田は、奈良時代(8世紀)に信濃国(長野県)で最初の国府がおかれ、しかも国分寺、国分尼寺が建立された歴史深い地。上田の南西に位置する塩田平は「信州の鎌倉」と呼ばれ、13世紀に鎌倉幕府の重臣・塩田北条氏が三代60年間にわたって鎌倉の仏教文化を花咲かせたところで、安楽寺の八角三重塔をはじめ数多くの建造物に当時の名残が息づいている。また、七久里の湯として枕草子に登場する別所温泉は、信州最古の温泉でもある。
上田が全国に名を轟かせたのは、16世紀の戦国時代。天下の知将・真田昌幸が千曲川沿いの要衝の地に上田城を築城し、ここで2度にわたって徳川の大軍を打ち破ったことにはじまり、その後の大阪冬・夏の陣では、息子の幸村が「真田、日本一の兵(つわもの)」と呼ばれる大活躍を演じた。 |
| 商 業 |
明治から大正時代にかけて上田は、全国有数の蚕種の生産地「蚕都」として栄えるが、この時期に山本鼎が起こした木彫は、農民美術と呼ばれ、現在も上田の伝統工芸品として人気を博している。また、上田は数々の著名人を輩出しており、人口ガンの発生を世界で初めて成功させた山極勝三郎、商業写真家としてアメリカで認められたハリー・K・シゲタなどが活躍した。
商店数は約2,000で、従業者数は約13,000人、商品販売額は年間約4,700億円にのぼります。 |
| 工 業 |
降水量が少ない乾燥地で、自然災害も少ないため、工場立地に通しており、電機、自動車部品、食品、機械、プラスチック等の企業が多くなっています。
事業所数は約900で、従業者数は約19,000人、製造品出荷額等は年間5,000億円にのぼります。 |
| 農 業 |
米、リンゴ、花、ブドウの栽培が盛んで、兼業農家も含めると農家戸数は約6,000戸、従事者数は約14,500人、農業粗生産額は年間約80億円あり、1987年に完成した農業バイオセンターでは、バイオテクノロジーの導入を図り、農業に関する研究や優良品種の開発を行っています。 |
| 観 光 |
別所温泉、上田城跡、塩田平を中心に年間約220万人の観光客が訪れます。
また、旅館やホテルの室数は約1,200室、収容人員は約3,000人です。このほか、市内には20軒あまりの蕎麦店があり、味自慢を競っています。 |