★名前 島田基正(しまだもとまさ)

★生まれ 昭和20年6月5日上田市鍛冶町に生まれる

★学歴 上田市立北小学校→上田市立第3中学校→上田高等学校→慶応義塾大学法学部政治学科

★その後 生業の上田第三木材合資会社に入社。”木”を通じ、地域と全国の仲間と共に、まちづくり、地域づくりのために情熱を燃やし行動する。又、グローバルな見地より人間が人間らしく生られる緑あふれる自然環境とふる里づくりを目指し、歴史と対話しながら教育・文化・芸術・健康等の環境設備に努めている。
20歳の時、父を亡くし地域の人々に育てていただき今日がある。
今ふる里をよくする事で恩返しをしたいと念じている。
現在、母・妻・一男二女の子供と共に材木町に住み、日々木の香りと共に生活する。
「私の提言」
 皆様のお力で県議会へ送り出していただきまして10年、今回このホームページは、私が長年取りくんできた問題、そして今後さらに進めていこうとしている課題を、過去・現在・未来、「こうして始まった」「そうしてこうなった」「これからこうしていこう」という形に整理して、ご理解、ご叱正を賜り、さらに将来に向かって、共に前進していく指標をきめる一助にいたしたいと存じます。
 今回、こうして現在までの行動を整理して考えましたことを「私の提言」としてまとめてみました。「政治不信、景気沈滞、従来の政治・行政手段では、今の日本を救うことがてきなくなった現在、最も大切なのは、ふるさとの自然・歴史・文化を一人一人の地域住民が日常的に発進するということではないでしょうか。
 政・官・業の癒着構造の上にのった、中央コントロールを受ける補助金行政、住民の希望に反してでも予算を消化しなければならない現在のシステムを、地元の知恵と技術、力で本当に地域の、住民のためになる使い方に改めなければなりません。
 それには真の地方分権を実現させること、そしてその第一歩としての地方の受け皿作りが必要です。地域住民のひとりひとりの知恵と力を最大限に結集させ「行動」を起こすことが必要です。
 長野県・上田地域の全ての行政施策を一度ゼロにしてみて、本当に地域と住民とに、現在、そして将来に必要であるものは何かを住民の知恵と思いを、血と心を通いあわせてみてから予算を執行していく。そうすれば、その行政施策、実施事業に住民の魂が入ります。
 地場産業にしましても、その土地の人材、資材、技術、デザインによって生産されてこそ、地元の知恵と力が集結され、その土地に最もふさわしいものが生まれ、他の地域からも尊重されるものにになると確信します。
 上田地域が、長野県が先頭にたって、日本再生のモデルとなり、地方から日本を変える、私はそんな夢を持っています。 「夢を形に。」絶対実現しない、夢だと思われていた新国立病院が今、現実にその姿をあらわしました。それは、住民のひとりひとりの力によってはじめて実現することができたのでした。
 一方で、工業社会が情報社会に移ろうとしています。モノづくりが情報と知恵づくりの時代に変わろうとしています。情報収集によって、徳川の大軍を破った智将真田の里上田は、この面でも他地域にさきがけて新しい産業社会作りができる歴史と伝統を持っています。
 情報化時代の三つの情、地域固有の自然風景・特色ある町並みを中心にした都市環境、それか「旅情」を生んで、観光産業を生みます。地域の歴史・文化・知恵、その「事情」をよく知ることで、正しい地域づくりの方向づけができます。そして、地域の人間性、人々個性、風土が生み出す人柄、それらが「人情」となって地域の人々の連帯を育てます。
 この三つの情を大切に、夢の実現に向かって、さらに大きく一歩を踏みだそうではありませんか。